2015年10月25日

『ホワイトレイの哲学』F

【第四章】霊媒へのアドバイスより





―南アフリカ在住の男性からの手紙です。彼はホームサークルに参加していて、霊媒能力をどう発達させるべきかあなたのアドバイスが欲しいそうです。「私は大霊と人類のために心底奉仕したいのです」と彼は書いています。



 私はこの誠実な探求者に「利己的な望みなしに前に進みなさい」と言います。あなたの心と魂の中で他者への奉仕に勝る喜びは人生にはないことを知ってください。人々を肉体的・精神的に楽にし癒せること以上の大きな賜物はありません。奉仕することができる者には実際に神の祝福が与えられるのです。そしてたとえ彼らの賜物が発達する以前でさえ、その心に他者を慰め奉仕する情熱があるならば本当に感謝の念を抱けるのです。大霊の力が流れる謙遜なる道具であること以上に偉大な功績はないからです。

 友よ、思い切って先に進みましょう。他者への奉仕の道は本当に茨の道で、躓いたり、落ち込んだり、そしてある者は傷を負う道です。試練や辛さ、悲しみにあふれた道です。しかしそういった試練や辛さや悲しみの背後、それらすべての背後には、自らを忘れ、身勝手から生まれる自惚れをなくした者だけにやってくる大いなる喜びが待ち受けています。

 霊媒はときに恩知らずなことをされ、おそらくそのために彼らはその仕事に背を向けてしまいます。私たちが得た最高の道具の幾人かもそうでした。なぜなら大霊の仕事を行なっていると心の中で知り、自分の利得のためではなく、自分が人々から崇拝されたいという私たちの胸を悪くさせる思いを持つことなくまじめにやっているかぎり、まわりの意見など取るに足りないことを彼らが悟っていないためです。

 これは耳障りが良くないかもしれませんが言わなくてはなりません。あなたがたの世界の賞賛は深い愛情を伴うものではありません。崇敬は大霊に向けられるべきです。賛美や感謝の歌は大霊に捧げられるべきで、奉仕者は自分が偉大だと考えてはいけません。ちょうど私たちが「地上に現れることができ、進化できる特権をいただき、われわれはおんみに感謝いたします」と言うように、彼らは「大霊よ、癒しの特権をいただき感謝いたします」と言うべきです。私たちは奉仕の仕事をする人々の間に不満や嫉妬があるのを見るとときおり引き返したくなります。
 あなたが期待したメッセージではないかもしれませんが、私はこれを強調します。私たちは調和のみを求め、そして大霊からみなさんへの贈り物として、その中であなたが親交を持つことを求めます。それはあなたがこの世を超えた大いなる何かのうちに生きていることを悟ることができるため、内なる霊を発達させるため、真実の自分にまで高めるためです。

 ですから精神と肉体のどちらかを病んでいる人々の中に入って仕事をしようとする霊媒の方々に対して私は言います―賜物を発達させなさい。友よ、あなたは良いスタートを切れます。あなたの質問は、あなたの精神と心が誠実であることを示していて、それは良い仕事のための基盤なのです。

(つづく)

posted by AMR at 11:35| 『ホワイトレイの哲学』 | 更新情報をチェックする

2015年10月18日

『ホワイトレイの哲学』E

第11章 「ホワイトレイとの対談」より ―デビッド・ベッドブルック




デビッド・ベッドブルックはスピリチュアリズムの最も著名な講演者である。数冊の本の著者で、サイキックプレス紙の常連の寄稿者でもある。おそらく彼は講演台で質問者から受けた疑問に答える能力の高さでも名高く、その多彩な活動のうちで最も得意とするものだ。しかし教師といえど教えを受けなければならず、ベッドブルックはその博識を深めるためにホワイトレイサークルに招待され、忌憚なく質問をした。



―私が見ている、いらしているのはあなたでしょうか?

 私たちのうちのひとりです。あなたがたの世界には一人ではなく数名で一緒にやってくるからです。私は私たちからの奉仕を捧げるためにあなたの元へやってきます。奉仕に赴くのは私たちの喜びかつ名誉であり、かつて私たちも今のあなたと同様に地上にいたときは同じ誘惑に遭い、同じ問題に直面していたからです。
 私たちはあなたがたのもとに偉大なる教師としてやってくるのではありません。それは正しくありません。審判を下す者としてやってくるのでもありません。それは真実ではありません。私たちは霊の世界をみなさんより先に歩んだことによる知識があり、地上や他の界層からもたらされる知識があります。しかし持てる知識とはいっても学んだ年数は限られ、過ちもあります。そしてみなさんが犯しつつある過ちを私たちもかつて犯したのです。ですからこの得がたい知識を押し付けるためにあなたがたのところへ来るのではなく、永遠に続く生活の道、痛みの道、試練そして幸福と喜びの道を歩む道すがら私たちが拾い集めたありがたい果実を提供するためにやってくるのです。
 そしてこの小さな愛情あるサークルに接触するとき、私たちは心から感謝しています。やってこられること、みなさんと話せることに感謝しています―実際それは私たちにとっての向上でもあるのです。友よ、みなさんに与えているときにはわれわれも得ていることを忘れないでください。私たちは両手一杯にしてみなさんのところにやってきますが、地上から帰るときはわれわれの魂は高揚し、心は感動していて、いただく愛と信頼で溢れているのです。
 あなたの住むこの世界の混乱の中にあって、なおもあなたの心が誠実に知識を求めるというのは本当に素晴らしいことです。私たちは不信の世界に対してある人々がなさなくてはならない教える努力について理解しています。欺瞞や無知による不信、しかし不信でありながら真実には渇望しているのです。みなさんがなさっていることについて私たちは分かっています。そしてもしときに失敗したとしてもがっかりしないでください。あなたは悲しく気落ちしたり、努力は骨折り損だったと感じるかもしれませんがそうではないのです。努力が無駄だったためしはなく、努力は早かれ遅かれ実を結ぶのですが、すべてに意味があるのです。あなたがそちらの世界で、あなたが理解している光をある不幸な魂に与えるために働くとき、それはまさに偉大な仕事なのです。



―霊界は七つの界層(sphere)があり、九十四の境界(division)があると私は理解しています。個々の界層ごとにいくつの境界があるのか教えていただけますか? ある界層の境界は他の界層よりも数が多いのでしょうか?

そうです。ある界層には境界が他より多くあります。



―ある界層にいくつあるかを教えていただけますか?

 わかりました、大丈夫です。いいですか友よ、実際には七つよりも多くの界層がありますが、とりわけ明確なのが七つなのです。あなたもご存知のようにそれらの界層は異なる波長によって分離されています。まず最初にあなたがたの言うその仕切り(partition)についてですが、高い界層へ行くほどその仕切りは少なくなります。これは管理・監督を別にするようなものといくぶん似ていて、異なる活動がなされているそれらの界層を段階的に分けているのは管理のためなのです。
第五界には四つのみはっきりした区分があります。第六界には三つのみです。そして最後の第七界にはひとつの中心的コントロールのみがあります。これは理解しやすいですか? あなたがたの社会システムでも同様のこと、同じ管理が行なわれていると思います。
 異なる方向や界層の世界から発せられたパワーや放射は、まず最初に異なるコントロールルームに存在するさまざまな知性により管理されます。それらは別の段階もしくは界層に集められ、さらに高い界層に向かうに従ってその管理は強さと密度を増します。そしてついにはただひとつの仕切りにより霊の段階的界層に対して指揮されなければなりません。というのはそれら境界は明確に区分けされた生命の細胞であり、生命の本質的要素だからです。あなたがたの世界でも生活の集中地として首都という言葉を使いますが、異なる界層がある私たちの世界でもそれと同じです。


―下層界は単に境界に区切られているだけでなく、さらに国ごとに分かれているのでしょうか?

 そうです。



―第三界の人々は国別に分かれて住んでいると私は理解しているのですが、彼らは向上するに従い巨大な霊の連合体のなかに溶け込んで行くのでしょうか?

 それは国別の問題だけではまったくありません。国民性よりも心のあり方のほうが問題になります。第二界のあとは、地上と接触して記憶を取り戻すことを除いては国民性は少しも問題でなくなることにあなたは気付くでしょう。私たちにとって国民性はまったく重要性を持ちません。私たちの世界では思念は理解され、調和しない精神同士は自動的に分かれます。
 あなた方の世界でも、国は違っても基本的な関心事が一緒ならナショナリティーは問題にはなりません。心だけが問題なのです。霊においてはなおさらです。地上では(宗教的)正統派の人々は、非正統派のある者と同等の霊的進化だったとしても区別された場所へ入って行きます。しかし霊としては彼らは異なる個性を保ちつつ、同じ理解へと歩を進め溶け込んで行きます。



―霊界への「誕生」のあと、人には霊的理解の目覚めがきわめて迅速に起きると考えるのは正しいでしょうか?

 はい。お分かりのようにあなたの世界の障害は肉体を持つことと、それが理解を制限することです。あなたがたは霊界にやってくると、まずそれぞれの想念をはっきりと認識するようになり、それから他者の考えを会話なしで分かるようになります。ですからあなたは邪悪な霊の騙しに気付くことは下層界ではあっても、あなたの住むことになる場所ではありません。



―ここで言う下層界というのはどういう意味でしょうか?

 あなたの言う七つの界層に含まれない界層です。その七つの界層は普通の発達の人々の界層です。他にも数多くあります。



―アストラル界のことでしょうか?

 そうです、それから私たちが地下界(underworld)と呼ぶもので、そこは大勢の人で溢れています。そこで私たちがする仕事は多くあって、彼らに接触するため、そして深い理解―自らの個性についての理解、自らの偉大さと進化の可能性、愛と知性への理解―を彼らにもたらすために私たちがあなたがたの世界からの助けを必要としているのはその世界なのです。


・・・・・・
posted by AMR at 13:10| 『ホワイトレイの哲学』 | 更新情報をチェックする

2015年10月13日

一日一生


いまさらですが

一日一生っていい言葉ですね〜

最高の一日を送るってホント大変です

要努力ですね

posted by AMR at 19:18| 日記 | 更新情報をチェックする