2017年06月18日

ハリー・エドワーズ 『霊能養成の手引き』より G

自己訓練




 霊媒は常に自らを律しなくてはならないことは大変重要である。彼は定時にのみ養成のため座るべきだ。もしそれ以外のときに指導霊の存在を感じてもそれに押し流されてはいけない。心の中で「今はダメです」「私がお呼びするときに」と指示を送るべきである。そしてすぐ思考を他に転換し別のことに専心すべきだ。
 初期には熱心さのあまり養成サークルで指導霊の存在が感じられ始めると、もっと迅速に発達したいと望むのは初心者には無理もないことだ。しかしゆっくり漸進的に発達するのがベストであり、養成サークルのリーダーの指導下外においてコントロールされたりトランス状態になったりするいかなる刺激も決して与えられるべきではない。
 したがってそのルールは厳守されるべきであり、彼が霊媒としての活動を行なうに際してまず最初に指導霊を招待する思念が送られなければならないのだ。
 これはとりわけ自動書記(少し後に扱う)に当てはまる。ときに初心者が休んでいて精神が寛いでいると書きたいという欲求が起きるが、これはこらえなければならない。そうでないとその行為は霊媒の行動の自由を侵食し、彼は必要以上にそれにのめりこんでしまう。
 霊媒はとりわけ初期においては、霊媒能力が本人と周囲の人にとって有害なものにならぬよう、確固たる行動習慣を築き上げ、自分の行動の手綱は自分が握らなければならないことは、口酸っぱく言う価値がある。
 一般的に養成サークルは週に一度開かれ、指導霊と明確な接触を持つのはこのときのみであるべきだ。この機会は楽しみにし、静かな情熱を抱きつつ心待ちにすべきだが、その機会のみに限定されるべきである。
 もちろん指導霊はできるかぎりのやり方で良き影響を与え、保護するために常に霊媒と共にあるのだが、それらの助けは霊媒が指導霊の存在を感じる必要がないままで与えることができる。
 ある養成サークルではさまざまな準備や制約がアドバイスされることが知られている。あるところではシッターは座る前に絶食すべきとか、衣類は上から下まで新品を身に着けるべきとか、ゴムはシッターと指導霊の同調を邪魔するのでゴム底靴は厳禁とか、シッターは腕組みをしてはならず、両腕を前に伸ばして祈願する態度で手のひらを上に向けることで「パワー」を受け取るetc...が提唱されている。
 霊媒能力は指導霊により霊媒の精神的機能が用いられることで生まれることを思い起こせば、それらの遵奉に疑問を抱く人もいるかもしれない。たとえばシッターがゆとりをもち快適であることは良いことだが、空腹でなければもっとそうなれる。逆に事前の胃もたれする食事は避けるべきだ。
 これらを言っておきながら、またさらに述べるつもりでなんだが、シッターがそうした制約的アドバイスetc...をする養成サークルに満足して参加しているかぎりは、それらを受け入れ、サークルの調和を壊す異を唱えるべきではない。もしサークルの進め方が合わない等を感じるならば、十分な気遣いをして去るのがベストである。
 東洋において養成方法は苦行、継続的修行、断食、また単調な詠唱を延々と続けるといった、肉体を服従させて不活発な状態に持っていくもので、それらは肉体を弱体化させることで精神が抵抗する力を殺ぐという目的を持っている。「鏡」の比喩を用いるなら、その目的は通常意識を完全に疲労させることで霊の心像を映るようにするのだ。幸いにもこれは現代もしくは西洋の、心霊科学のきちんとした理解の基板上に築かれたより進化した方法にはそれらは無用である。
 私たちの方法はシッターが円満で快適であることが最善であるという考えをとっている。それにより彼はいっそうたやすく精神をリラックスし解放させられ、意識に指導霊の影響力を自然な通常のありかたで到達することを可能にするのだ。
 ゴム底靴を履いても指導霊との同調が阻害されることはない。悪影響を及ぼすというその考えは、ある人々の持つ「アース」をすることが必要という誤った印象から生まれている。なぜなら霊能養成は磁気の分極化の理論の流れを受けて起こったからである。そのためもしゴム底靴を履かないなら磁気的接触はより容易になるというわけなのだ。もしこれを、指導霊との接触は精神的なものであるという私たちの根本的仮定に照らして思い巡らすなら、磁気力(物質的な力)は何の影響力も持たない。いかなる場合でも霊力の放射はあらゆる物質に浸透できるのは明らかなのだから、ゴムが電気を絶縁するからといって非物質的な霊力も絶縁するというのは見当違いだ。
 腕組みに対するアドバイスは単に、「自分のうちに閉じこもる」状態を作ってしまえば接触が築かれるのを阻害するという心理的な理由があるだけだ。常識的に考えれば、それは心理的な価値はあるかもしれないが、体や腕や手の位置が同調を妨げるとは思えない。