2014年08月26日

細木香以 / 森鷗外 A



 右の細木香以伝は匆卒に稿を起したので、多少の誤謬を免れなかった。わたくしは此にこれを訂正して置きたい。
 香以伝の末にわたくしは芥川龍之介さんが、香以の族人だと云うことを附記した。幸に芥川氏はわたくしに書を寄せ、またわたくしを来訪してくれた。これは本初対面の客ではない。打絶えていただけの事である。
 芥川氏のいわく。香以には姉があった。その婿が山王町の書肆伊三郎である。そして香以は晩年をこの夫婦の家に送った。
 伊三郎の女を儔と云った。儔は芥川氏に適いた。龍之介さんは儔の生んだ子である。龍之介さんの著した小説集「羅生門」中に「孤独地獄」の一篇がある。その材料は龍之介さんが母に聞いたものだそうである。この事は龍之介さんがわたくしを訪うに先だって小島政二郎さんがわたくしに報じてくれた。
 わたくしはまた香以伝に願行寺の香以の墓に詣る老女のあることを書いた。そしてその老女が新原元三郎という人の妻だと云った。芥川氏に聞けば、老女は名をえいと云う。香以の嫡子が慶三郎で、慶三郎の女がこのえいである。えいの夫の名は誤っていなかった。
 わたくしはえいが墓参の事を言うついでに附記したい。それは願行寺の樒売の翁媼の事である。えいの事をわたくしの問うたこの翁媼は今や亡き人である。先日わたくしは第一高等学校の北裏を歩いて、ふと樒屋の店の鎖されているのに気が付いたので、近隣の古本屋をおとずれて、翁媼の消息を聞いた。翁は四月頃に先ず死し、まだ百箇日の過ぎぬ間に、媼も踵いで死したそうである。わたくしは多少心を動さざることを得なかった。これを記している処へ、丁度宮崎虎之助さんの葉書が来た。「合掌礼拝。森君よ。ずっと向うに見えて居るのは何でしょう。あれは死ですね。最も賢き人は死を確と認めて居ますね。十二月七日。祈祷。」
 次にわたくしは芥川氏に聞いた二三の雑事をしるして置く。香以の氏細木は、正しくは「さいき」と訓むのだそうである。しかし「ほそき」と呼ぶ人も多いので、細木氏自らも「ほそき」と称したことがあるそうである。
 芥川氏は香以の辞世の句をわたくしに告げた。わたくしは魯文の記する所に従って、「絶筆、おのれにもあきての上か破芭蕉」の句を挙げて置いた。しかし真の辞世の句は「梅が香やちよつと出直す垣隣」だそうである。梅が香の句は灑脱の趣があって、この方が好い。
posted by AMR at 07:48| 読書全般 | 更新情報をチェックする