2017年06月04日

ハリー・エドワーズ 『霊能養成の手引き』より C

静寂に入ること




 筆者である私が霊能養成を始めたとき、私は典型的な養成サークルに参加し、そこでは十二名が経験を積んだ霊媒のリーダーシップのもと座った。私は「集中」するために「静寂に入る」よう言われた。そのために私の想念を十字架や花をずっと思い描いたり、長く集中継続する必要性を強調され、長いトンネルをくぐっているところを想像するよう指導されたりした。そうすれば私の精神は空っぽになり、指導霊がコントロールするだろうと言われたのだ。これはさまざまなバリエーションはあるものの、その当時から今日に至るまで多くの霊能養成サークルで初心者の定番のやりかたとなっている。
 これまでの経験から、今ではこの基礎トレーニングはもっとずっと改良する余地があることがわかった。いかなるたぐいのものであれ、集中という行為で私の精神は自らの思念に強く独占され、霊的通信の流入は妨げられたのだ。
 この「集中」という言葉は養成中頻繁に使用されるが、誤った観念を伝える良くない用語である。より好ましい指導は思念の発生を「放棄」させることだと思う。
 確かに美しいシンボルを黙想することは瞑想の一方法であり、それは実際の発達ではないにせよ、「鏡」をクリアにするための肉体的意識の活動放棄へのプロローグとして精神がリラックスするのを助け、さらには指導霊がやって来る前段階をアシストする。
 今となってははるか昔の当時、私はアドバイスを探し求めた。どうやって心の静寂に入るのか? どうやって精神を空白にするのだろう? だが私の疑問に対するなにかしらの答えを与える人はなく、それを記した書物も見つからなかった。静寂に入るための方法を示す万人向けのあるお決まりのアドバイスがあるかは疑わしい。個別の性格や気質に合わせるための調整を要する大変個人的なものだからだ。それはリラックスして瞑想する能力から生じる繊細な状態なのである。後の「初期の発達」の項で、どうすればこれが得られるかの方法をいくつか示す。