2017年07月09日

ハリー・エドワーズ 『霊能養成の手引き』より J

同調




 初心者が指導霊とコンタクトを取るやりかたは同調という手段である。これについては先に述べたが敷衍することが必要である。
 初心者は同調のしかたを探すのがまず第一の目標であるべきだ。これは最初は難しいようだが、思っているよりは簡単にできる。まさにすべての発達はこれおよび経験から成るのだ。同調する能力の発達が容易であるかは、霊能養成のためのシッティングを通して築かれる親和性の程度にかかっている。経験を積んだ霊媒にとって同調は第二の本性のような形で起きる。もし彼が霊視能力者なら、いつもまず最初に精神の鏡をクリアにして霊のビジョンを受け取るよう同調を図り、そしてたいてい一秒ほどの間にこの状態になることができる。
 初心者は意識活動を放棄し、内奥の精神もしくは霊自体が優勢になるよう、肉体の精神の働きの座を明け渡すことによってこの受身の状態を求めるべきである。霊の源からの映像や言語形式の思念の流入が、霊媒の意識が知覚するために鏡に受け取られるのはこの状態が確立されたときなのだ。
 初期においては初心者は、懐疑心が霊からの心像の流入を妨害しないためにどうすべきかを学ぶ必要がある。それはとてもやりがちで、同調を壊してしまうのだ。指導霊との一体化もしくは親和性は、初心者が「自分自身に聞き入る」のに慣れたときに持続することができ、それでコミュニケーションをスムーズに続けられるのだ。
 これは精神状態のデリケートな調節を必要とし、霊の通信と人間の意識的思念との間に明確な境界はほとんどない。それらは容易に混じり合うのだ。
 初心者はその霊能を促進することが必要なので、起きた思念の流れは真に霊の源からのものであろうとなかろうと、すべて霊から来たものとしてとりあえず受け入れるのがベストである。
 裏返して見れば同じ理由から、たとえトランス状態にあっても述べられたことすべてを指導霊からのものとして受け取ることは賢明ではない。すでに繰り返し注意喚起したように、霊媒がトランスに入り、自分が言ったことやしたことを本当に知らないのはまれなケースで、彼の潜在意識下の知識や欲求は口から出る言葉に影響を与えうるのだ。
 霊の影響下でのいかなる発言も保留し、他の方法による確証を待つのが常に最善の方法である。どのような霊からのアドバイスも常識に照らして注意深く調べ判断を下すのが賢明だ。初心者が自分の指導霊は誰それだと告げられたときには、当面の判断は差し控えつつも受け入れ、そのことを知らない別の霊媒による確証を待つべきである。
 経験を積むと共に、そして指導霊の霊媒の使用により、そのうち養成中の霊媒はコントロール下に受けた直感的な印象や体験が他界からインスパイアされたものかどうか、内なる洞察力により確かめられるようになるだろう。



2017年07月02日

ハリー・エドワーズ 『霊能養成の手引き』より I

指導霊





 霊界には私たちが地上にいるあいだ補助し指導する任務の者がいる。彼らは善き意図を持ち高潔な性格をしている。指導霊が「類は友を呼ぶ」というような、共通の絆を持つ人間に引き付けられる状況にはおそらく様々な真相がある。たとえば音楽に大変喜びを感じる指導霊は生まれつきハーモニーの鑑賞力がある者に付こうと探し求める。霊界の看護師や医師は潜在的にヒーリングの賜物を持つ者に影響を与えようと努力する。他には祈りの指導の目的を持つ霊、科学的アプローチをする霊など、指導霊が付く個人には共通の関心事が一般的に見られる。
 指導霊は愛すべき性格の忍耐強い方々だが、ときに人々への影響力を行使しうるあらゆる機会を探し求めようとするかもしれない。だからこそ自己訓練に関することがきわめて大事だと強調されているのだ―指導霊が招かれた時だけ霊媒の生活過程に緊密に引き付けられるべきことを知る必要があるためである。
 霊媒が指導霊との同調の図りかたおよび指導霊に用いられることに従うことを学ばなければならないように、指導霊もいつどのようにして彼の霊媒を使うかを学ぶ必要があることは思い出されるべきだ。
 霊媒が自分が使われることを期待しているように、おそらく指導霊は彼の霊媒を使うことに満足しているだろう。このつながりにおいて優勢な要素は霊媒の精神である(指導霊に用いられるのは霊媒の顕在および潜在意識の属性であることが思い起こされる)。それゆえもし初心者がだぶん知識の欠如したリーダーシップや真似事を通すことにより、彼の指導霊はくだけた英語で話すべきだと(先に述べた例のように)感じているならば、その指導霊は目的の手段としてとにかく用いるために、その弱点を受忍しているのだ。
 純粋な形の霊媒現象は、指導霊が霊媒の第二の性質のようになり、まったくトランスに入ることなく霊媒の意識の鏡に思念を直感的に投影できることが望ましい。
 よくある主張に「指導霊は私をガッカリさせないでしょう」というものがある。これはもちろんまったくその通りだが、私たちは彼らに能力以上の責任を押し付けるべきではない。全能な指導霊はいない。私たちと同じ人間である彼らは人材を操作できるだけなのだ。指導霊は私たちの抱く問題を理解する力の限りにおいて善き影響力や思念の指示を与え、善き目標へと導くことができる。私たちは指導霊に、バナナの皮で滑るのを防いでほしい、びっしょり濡れていながら風邪をひかないようにしてほしい、サッカーくじを当ててほしい、住む家を見つけてほしい、お客を自分の店に連れてきてほしいといったことを期待すべきではない。
 初心者は「指導霊崇拝」や「私の指導霊があれやこれを言っている」などは避けるべきだ。彼らをありのままに見てみよう。素晴らしい人格を有し、私たちより英知において進歩しているが、私たちと同じ制約がある。霊媒現象において最大の制約は私たち自身なのだ。私たちは原因と結果の法則に則っており、指導霊もこれを変えることはできない。指導霊ははるか先の物的未来について予見することはできない。しかし彼らは私たちの精神に影響を与え、思念の指示を与え、鼓舞し、内心の決意の強さを与えることができる。ときに彼らは差し迫った危険を予知し回避を手助けすることができる。病気による具合の悪さを乗り越えたり、長所を伸ばすのを援助することができる。私たちは彼らを、愛情と確信を持って、心の広い兄弟姉妹と考えることができるが、これを念頭に置きつつ、私たちはその職分外の役目を指導霊に求めることは避けるべきである。



2017年06月25日

ハリー・エドワーズ 『霊能養成の手引き』より H

波長




 これは心霊サークルではよく使われる言葉だ―たとえば「指導霊がある波長でやって来ましたね」のように。それゆえ「波長の混線」等もあるのだ。この言葉はしばしばあいまいに、ときにちゃんとした理由もなく用いられている。
 すべての物質は固有の振動もしくは放射をしていることを私たちは知っている。そしてこれは「思念」にも同様に当てはまるのだ。放射物を受信するときは送信機と受信機との間に調和もしくは伝達しやすさがなければならないことは自明の理だ。トランス状態や直感による霊能では指導霊から霊媒の精神へ受け取られるのは、放射・伝達された思念なのである。ここでは「波長」のみが問題となる。異なる思念が異なる波長を生み出しうるのは事実で、もしそれらが意識の鏡に同時に影響を及ぼすなら混乱が生まれるのだ。このことは二人に同時に話しかけられたら聞き手はそのどちらも把握できないたとえで理解されるだろう。初心者が指導霊の通信を求める際は招いた指導霊の思念の力に満足すべきであり、他にはあるべきでない。誰の精神も二つのことを同時に深く考えることはできないのだから、霊媒が二人の霊からの異なる思念を同時に受け取ることは不可能である。
 そのようなわけで心霊サークルの会話では「波長の混線」のついての会話があるが、出席しているシッターが原因となってそれが起こる可能性は、あり得るかという観点から見ればまずない。このありえなさは、人が思念により他者に影響を及ぼすことがいかに難しいかを考えれば納得できる。考えの違う誰か二人がいれば波長の混線は生まれると言えるのかもしれないが、これには特段危険はなく、むしろ自分なりの意見を持つことは私たちの権利であり、さもなくば私たちはロボットと同じになってしまう―しかしそうではないのだ。
 初心者が霊能養成サークルで座り始めたときは、彼はリーダーの与える指示に従い、その精神はサークルの皆がすることに染まるべきである。そうすれば波長の混線は起こりようがない。シッターがリーダーの指示や方法を受け入れられない場合にはそのサークルから身を引くべきである。
 このようにしてすべてのシッターとリーダー間には幸せな調和と完全な協調状態があるべきである。シッターやリーダーに関する、また他の物事についてのいかなる個人的意見も精神から締め出すべきだ。いかなる養成サークルにおいても最終的な成功はその満足如何にかかっている。