2017年05月21日

ハリー・エドワーズ 『霊能養成の手引き』より @

イントロダクション



 霊能(霊媒能力)を熱望する人々に与える、霊の賜物を発達させられるための方法についてのアドバイスはなんであれ明確にシンプルに示されるべきである。
 霊媒になるためには学識が深い必要もなければ心霊科学に通暁している必要もない。過去には素朴な庶民が傑出した霊媒やヒーラーになった例はいくらでもある。
 数多くの人々が霊媒になれたらと願う―霊の姿を見、話す声を聞き、助言を得、遺族を慰め、必要としている者に助言をして助けるためである。だがこのような望みはしばしば単に、人と違う人間でありたいとか、尊敬されたいとか、神秘的な雰囲気をまといたいというような個人的エゴの満足でしかないことがある。これは霊能へのアプローチとしては完全に道を違えたものだ。
 霊能にはひとつの目的がある。それは人間に自らはただ肉体のみの存在ではなく霊でもあり、そして地上人生というものは、肉体の終わりと共に始まるより大きな満ち足りた生活のための「年季奉公」であることを示すことなのだ。その知識を通して人類はより啓発された規範に従って生きようという刺激を受け、その実行により戦争、貧困、その他の現代における下劣な趨勢は不法とされるだろう。そうでもなければ霊界において向上した教師、哲学者、医師、その他が多大な労苦を払ってまで人間側の道具をすべての魂の進歩のために用いる理由は見出せないのだ。
 それゆえ霊能を得ようと熱望する者は、心底から気高い目的に使われることを希求すべきで、霊能を求めるのは人助けのための手段だとみなすべきなのだ。それは利己性の否定と、自らを霊的な目的に捧げることでなければならない。真の霊媒はそれによって神聖な善き計画の一端の担い手となる。霊能は民族や宗教や人種には左右されないし、いかなる霊媒も帰属宗教が定める遵守事項を続けられない理由もなければ、その霊能を帰属宗教のために組み入れられない理由もない。
 過去において霊能はさまざまな種類のものが存在していたが、それらもまた霊の指導による知識と理解のもと進歩しているのだ。それは攻撃、嘲笑、妨害に耐えて生き続け、今日では尊敬され、科学者、宗教指導者、新聞・雑誌、そして英国の法律によっても認められている。
 どのような形態の霊能も厳格に心霊科学に適っているのだが、それらは分析することも物的基準で評価することもできない。顕微鏡での観察の対象にはならないのだ。霊能を十分に理解する能力が私たちにないばかりに、それは神秘的なベールに包まれており、ときに疑わしい方法や意見が生まれてくる。
 現在スピリチュアリストチャーチやホームサークルで霊能養成クラスが数多く開かれている。それらを指導している霊媒は誠実で善良な人々なのだが、霊媒能力の本質が何かをつかめていないために因習的なやり方が少なからず生まれた。それらは霊媒から霊媒へと模倣的に受け継がれ、あたかも真実であるかのように受け入れられるようになった―実際は誤りであるかもしれないのにである。後項でそれらの方法に言及し、なぜもうこれ以上採用されるべきではないかの理由を述べることにする。 
 神経過敏であったり恐れを抱く者は霊能の発達を試みるべきではない。霊能には強固な精神が必要で、目的を持った自己訓練ができなければならない。肉体的欠陥や苦悩が霊能の発達を阻害してはいけないが、重ねて強調するが、霊能の発達を切望するものは誰であれ健全な精神を有し、バランスの取れた判断がとれ、そして自己訓練を自らに課すことができるべきである(最後の資質が最重要)。
 本書では霊能養成を望む者は霊の人々とのコミュニケーションの基礎的原理を読むことになる。そのため霊の賜物の発達が熟考した上でのプロセスとして進むかもしれない。


2017年04月09日

桜貝



海岸に打ち上げられていました。
かわいい色です


sakuragai.jpg


posted by AMR at 07:15| 日記 | 更新情報をチェックする

2017年02月25日

かもめの兄弟



ある大都会の河口に三羽のかもめの兄弟が住んでいました。ある日川の上にぷかーりぷかりとみんなで浮かんでいるとき、三男のかもめは言いました。
「ああ、のどが渇いた。この川の水はすごく汚れているけど、たまらないから飲んでしまおうじゃないか」
すると長男のかもめは言いました。
「いや、この川の水には何が混じっているか分からない。危ないからやめよう」
しかし三男のかもめは止めるのも聞かず、ゴクゴク飲んでしまいました。するとその場ではのどの渇きは癒えましたが、そのあとずっと治らない病気にかかってしまいました。

長男と次男のかもめは考えました。
「この水が汚いのは、流れてくる途中で汚いものが混じるからだ。そのもっと上流で喉をうるおそう」
そう言って二羽は川をさかのぼって上流へと飛び始めました。

川の中流にさしかかったころ、二羽は川岸に降り立ちました。
次男のかもめは言いました。
「もう水も下流よりはずっときれいになったみたいだ。ここの水を飲もう」
ところが長男のかもめはまた反対しました。
「いや、前よりはきれいだけど、まわりの工場や人家を見てごらん。まだまだ汚れは混じっている。安全のために飲むのはやめよう」
しかし次男のかもめは止めるのも聞かずゴクゴク飲んでしまいました。するとお腹を壊して寝込んでしまいました。

一羽だけになってしまった長男のかもめはさらに緑深い山間の上流へと飛び続けました。清流は急な渓流へと姿を変え、川幅もどんどん狭くなっていきます。ついに長男のかもめは岩の間からこんこんと清水が湧き出る川の源流へとたどり着きました。
「ああ、なんてきれいな水なんだろう」
その清冽な美味しい水を飲むと体の隅々まで生気が行きわたり、いくら飲んでも体は健やかでした。長男のかもめは不純物の混じった水を軽々しく口にせず、はるばる飛んできて良かったと心から思うのでした。


posted by AMR at 23:04| 寓話 | 更新情報をチェックする